「メタ認知」という言葉の意味が
わかるあなたも
あまりわからないあなたも
こんにちは。
妻から何度も「ストレッチはそんなに力を関節を入れて曲げてはいけない」と言われるけど、体幹が弱いのでストレッチをする時の姿勢を維持するのに力を入れてるだけなのに、いつも力を入れて関節を曲げているように見られ杉田です。
1週間お疲れさまでした!
えー、どうでしょう、みなさん、「メタ認知」っていう言葉をご存知ですか?
この言葉、近年よく聞く言葉になったなって気がするんですけど、その意味を辞書で調べてみると、
【メタ認知】
自分の行動・考え方・性格などを別の立場から見て認識する活動をいう。
という意味なんだそうです。
もう少しわかりやすくいうと、
自分がなにかをしている時に、もう一人の自分が冷静にそれを認識している感じ
といえばいいでしょうか。
で、その「メタ認知」ということについて、すごくハッとした記事を読んだので、今回ご紹介したいと思います。
まずは、「内向哲学さん」という方が書かれている、「メタ認知は人生をつまらなくする」という記事を読んでみてくださいねー。
あ、読まれました?
実は私、この記事、有料部分は読んでいないので(笑)、どういう結論になっているかはわからないんですけど、
でもこの無料部分、いやタイトルだけでも十分だったというか、
↓自分の心の奥では気づいていたけど、言葉になっていかなった部分が言語化されていて、「ウォー!」ってなったんですよ。
人生を楽しむためには「主観と没入感」が前提になる。
ここがやっかいなところで、メタ認知と没入感は、本質的に逆ベクトルを向いている。人はあまりにも論理とメタ認知を突き詰めてしまうと、どんな瞬間も自分を「実況中継」してしまうようになりかねない。
どんな場面でも一歩引いて冷静になってしまう。
友人と馬鹿騒ぎしているとき。二週間ぶりに恋人とデートするとき。子の著しい成長を喜ぼうとするとき。仕事の目標を達成して興奮しているとき。そういう「喜」の瞬間においてまで、メタ認知の習慣が勝手に発動してしまうと、これは困ったことになる。
どんな場面でも一歩引いて冷静になってしまう。
いやぁ、記事タイトルの「メタ認知は人生をつまらなくする」ってホントそうだよなぁ。
あ、私、このブログって、いってしまえば、「メタ認知」を書いてると思うんですね。
悩んでいる時って、視野が狭くなりますから、
ちょっと引いた視点から見ると、「そういうことか!」って気づきがあったりするわけですよ。
だからこのブログは、悩みとの距離がとれるように、メタ認知を書いている。
でもそうやって「悩んでいる時」に、メタ認知は役に立つけど、
「楽しいことしてる時」って、メタ認知している場合じゃないですよね(笑) 没入しないと。
あ、私、自分が悩んでいたころって、ぜんぜんメタ認知できてなかったと思うんですけど、
心理を学んで、心理セラピストとして活動していく中で、いつの間にかメタ認知する傾向がどんどん強くなっていって、
心の奥では、没入感がだんだん失なわれていることに気づいてたんでしょうね。
だから、「内向哲学さん」は、そこを言語化してくださっていて、すごく納得したんですよ。
あ、それからちょっと話題が変わりますけど、最近もう1つ納得した言葉がありまして、
ザ・クロマニヨンズ(元ザ・ブルーハーツ)の甲本ヒロトさんが、
っていうことを言われたんですね。
これもわかるなぁというか、なにかに「イイ!」って興味を持ち始めた時って、
いい意味で、なにもわかっていないし、まわりも見えてないじゃないですか。
そういう最初の衝動を超えるって難しいんですよね。
それってある意味、メタ認知からもっとも遠いところにある状態(なにもわかってない、まわりが見えてない)が「ピーク」って、
メタ認知と没入感は、本質的に逆ベクトルを向いている。
ってことを、よけい際立たせるなぁって思ったんですよ。
んー、この甲本さんの言葉、私は前に書いたこの記事につながるなぁ。
さ、ということで、今回の記事は、なにか結論があるわけではないんですけど、
悩んでいる時は、メタ認知は役立つけど、
楽しむ時は、没入できなくなるから、役立たないよね。
私は、メタ認知する傾向がだんだん強くなってしまって、悩ましいなぁ。
てなお話でしたとさ。
それでは今回はココまでにします。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!