【保存版】やりたいことを探すより、楽しく暮らすと、やりたいことは見つかる

何がしたいかわからない

こんにちは。
心理セラピスト・キャリアコンサルタントの杉田隆史です。

このブログは、「何がしたいかわからない」というキーワードで検索されることが多いせいか、

「やりたいことを見つけたい!」

って思って読んでいる方が多いみたいなんですね。

なので、今回の記事は、このブログの過去18年分の記事をまとめつつ、「やりたいことを見つける」というテーマでお話したいと思います。

以下にあるのは、長い文章ですけど、もし内容に気になることがあった方は、「リンク先の過去記事」も読んでみてくださいね。

より深く「やりたいことを見つける」というテーマの本質がわかると思いますよー。

 

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「やりたいことを見つける」という話に感じる違和感

このブログは、「何がしたいかわからない」というキーワードで7年間グーグルの検索順位が1位だったことがあるので、そういうご相談が多く、

これまで数千人の「やりたいことが見つからない」という方とお会いして、お話を聴かせていただいたんですね。

なので、その蓄積があるので、世間でよく言われている「やりたいことを見つける」みたいな話にちょっと違和感があるんですよ。

まずはその違和感からお話をします。

 

「こうすればやりたいことが見つかる!」という話は単純化し過ぎている

もしかすると「やりたいことを見つけたい」と思っている方の中には、

「こうすれば、やりたいことが見つかる!」

みたいな話を期待している方も多いんじゃないかと思うんですけど、

私は、「こうすれば」みたいなものはないと思っていて、

「やりたいことが見つかるかどうかは、運がほとんど」

だと思ってます。

これを、「親友を見つける」という話に例えると、

仮にあなたに、「Aさん」という生涯の親友がいたとしますよ。そういう時、あなたが「Aさん」と親友になった理由って、いろいろ言えるとは思うんですけど、

一番大きな理由は、Aさんと、

「同じクラスだったから」
「同じ習い事をしてたから」
「同じバイトしてたから」
「同じ会社だったから」

ってことではないでしょうか。

もしAさんが遠く離れた地域に住んでいても、本当に親友になれたのか?

もちろんAさん以外の人があなたの親友になる可能性はあるけど、Aさんほどの「生涯の親友」になり得るのか?

そんなふうに考えると、Aさんと親友になれたのは、

「たまたまAさんが近くにいた」っていう運は、かなり大きな部分を占めるのではないでしょうか。

それと同じように、「やりたいことを見つける」ということも、運がほとんどだけど、

「それ以外の部分をどうするか?」

って話なのに、さも自分が全てをコントロールしているかのように「こうすれば、やりたいことが見つかる!」みたいな話にするのは、

あまりにも話を単純化し過ぎていると思うんですね。

実際、この記事の後にお話しますが、やりたいことが見つかった人は、本当にさまざま経緯で見つかっていて、

とてもじゃないけど、「こうすれば、やりたいことが見つかる!」みたいな話にはできないんですよ。

(そんな話はコチラからどうぞ)

食べていくのが難しい仕事を目指しているあなたへ

「やりたいこと」を探すのはいいけど、 「やりたいことを見つける方法」を探すのは意味がない

でも人は悩んでいる時って、「これを食べれば痩せる!」みたいな、単純化された話に飛びつきやすいですから、

「こうすればやりたいことが見つかる!」みたいな話は世間にウケると思うんですけど、私は、あんまりそういうウマイ話に乗せられないほうが良いと思ってるんです。

「もっと地に足つけて、やりたいこと見つけませんか?」

っていうのが私の主張です。

そのほうが、「やりたいこと」を見つけるのに「遠回りのようで近道」だと思っているんですよね。

あ、それから、最初にこれもお伝えしたかったんですけど、「やりたいことが見つかるかどうかは、運がほとんど」ですから、

やりたいことが見つかってないからって、あなたが悪いとか、ダメだとかって話ではない

ですからね。

 

自己分析すると、やりたいことが見つかる?

「やりたいことを見つける」みたいな話への違和感の2つ目として、

「やりたいことを見つけたい」という方とたくさんお会いした中で、

「自己分析をすれば、やりたいことが見つかる」

って思っている方って意外と多かったんですよ。

「自分の価値観とか強みがわかれば、やりたいことが見つかる」とか、そういう感じの話。

でも私はそれもちょっと疑問に思うんです。

というのは、

「そもそも「やりたい」って、カラダの「感覚」なのに、なんでそれをアタマで分析して見つけられるの?」

っていう疑問なんですよね。

だって「感覚」を分析して見つけようとするって、例えていうなら、これといって好きなミュージシャンがいない人に、

「過去にこういうタイプの曲が好きだったから」とかアタマで分析させて、好きなミュージシャンを見つけるようなもんでしょ?

そういうやり方ってどうなんだろうって。人ってぜんぜんタイプの違うミュージシャンが両方大好きってこともありますもんね。

たしかに自己分析をすれば、自分のことがわかるので、

自分の適性がわかったり、自分の行動を説明できて安心ができるとは思うんですけど、

「やりたいことがわかる」

「やりたいことが見つかる」

は違うものだし、その間に大きな隔たりがあるというか、

たとえば、自分分析して、自分は「△△という価値観を大切にしている」ということがわかったとして、

その分析結果を「やりたいこと」に結びつけるためには、自分が「△△」という価値観を大切にできる「こと」や「場所」を「意識的に」探さないといけないわけですよね。

それって、けっこう大変な作業じゃないでしょうか。

その作業って、自己分析をしていない人が、やりたいこと探すのと変わらない労力なんじゃないかと。

そう考えると、私は、自己分析をした人がほうが、自己分析をしていない人より本当に「やりたいこと」が見つかる確率が上がるのかが疑問なんですよ。

それなのに、自己分析ばかりしている人が多い気がするんだよなぁ。

「やりたい」ってカラダの感覚なんだけどなぁ。

あ、そのへんのもう少し詳しい話は、以下の記事をどうぞ。

自己分析をしたからって、やりたいことが見つかるわけではない ← 必読の記事です!

分析して見つかる やりたいこと、見つからない やりたいこと

 

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やりたいことが見つかりづらい人

ここまでの話を聞いて、

「やりたいことが見つかるのは、運がほとんどなら、ただ待っているだけしかないの?」

なんて思った方もいらっしゃるかもしれません。

でも私はそうは思わないんです。

「やりたいこと」を見つかけやすくするためにできることはあると思っています。

でもそのお話をする前に、まずは、

「やりたいことが見つかりにくい人」

についてお話しますね。

 

自分を肯定できていない人は、やりたいことを勘違いしやすい

自分を肯定できていない人って、「やりたいこと」を勘違いしやすいんですよ。

というのは、

自分の欠乏感を埋めるためにやっていることを「やりたい」って勘違いしてやろうとする傾向があるから

なんですね。

そんな例をあげますと、仮に「A社」という誰もが羨む会社があったとしますよ。

で、その「A社に入りたい」と思っている人がいたとして、

そういう時、その人が「A社でやりたいことがある」とか、純粋な気持ちで「A社に入りたい!」と思っているならいいんですけど、

たとえば、心の奥で「優秀じゃない自分は許せない!」みたいに思っている人って、

「誰もが羨むA社に入ることがで、自分の欠乏感を埋めたい」みたいな理由で、「A社に入りたい」って思うわけですよ。

「自分の欠乏感を埋める =やりたいこと」だと思ってしまっているんですね。

でもそういう人って、A社に入った時点で目的を達成してしまうから、またやりたいことがわからなくなるんですよ。で、また自分の欠乏感を埋める旅に出る・・・。

「欠乏感」というのは、それくらい根深く、その人の「やりたい」という感覚を狂わせてしまうんですよね。

あ、この説明だけでは、ちょっと意味がわからない方もいらっしゃるかもしれませんので、そういう方は、以下の記事をどうぞ。

「すべき」に含まれるもの

親が認めてくれなかった自分がキライ

ということで、「やりたいことを見つける」には、「自分を肯定できている」ってことってやっぱり大切なので、

私は、個人セッションで、自分を肯定できるようにサポートしてるんです。

 

自分の「感覚」を感じられないと、やりたいことはわからない

まずは、「感覚」って言われてもピンとこない方もいらっしゃるかもしれませんので、

「感覚とは何か?」

って話からいきたいと思うんですけど、

「朝、ギュウギュウ詰めの満員電車に乗って会社に行く」

っていう状況をイメージしてみてくださいね。

そういう時、その電車に乗る人の気持ちを想像してみましょう。

おそらくですが、その人は、

(1)「こんな混んでいる電車に乗りたくない」
(2)「会社に行くにはこの電車に乗らないと」

という2つの気持ちがあるのではないでしょうか。

そして、この2つの気持ちをもう少し細かく見ていくと、(1)と(2) は、「言葉の出どころ」が違うんです。

(1)「こんな混んでいる電車に乗りたくない」

これは、カラダが発している言葉です。
つまり、「感覚」。カラダというのは、「快不快」を判断していますから、人が、
「○○をしたい/したくない」
「○○がスキ/キライ」
という言葉を口にする時、それはカラダが発している言葉だということです。

 

(2)会社に行くにはこの電車に乗らないと」

これは、アタマが発している言葉です。
つまり、「思考」。

アタマというのは、「損得」を判断していますから、
「会社に行くにはこの電車に乗らないと」というのは、
「たとえ自分のカラダの感覚に反していても、
人生をうまくいかせるには、やらないといけない」
と考えているわけです。

このように自分の気持ちを、
「○○をすべき/すべきじゃない」
「○○をやったほうが良い/やらないほうが良い」
と表現してピッタリくる時は、それはアタマが発している言葉だということです。

 

人は、自分の気持ちを話す時、
この (1)「感覚」(2)「思考」 をごちゃまぜにして話してしまうんですね。

しかも、人は、

(1)「電車に乗りたくない」
(2)「電車に乗らないと」

のように相反する気持ちが同時にあったりもしますから、

自分のことがわからなくなってしまう人も出てくるんですけど、

こうやって、

「カラダ or アタマのどちらが話しているのか?」

って分けてみると、だいぶ自分の気持ちを整理できるんですよ。

あ、ということで、「感覚」とは、(1) のことを指します。

まずは、ここまで大丈夫でしょうか?

はい、それでは次に質問です。

(1)「感覚」(2)「思考」、どちらが本当の自分だと思いますか?」

答えは・・・

「どちらも本当の自分」です(笑)。

人を状況によって(1)「感覚」 が言っていることを優先することもあるし、(2)「思考」 が言っていることを優先することもありますよね。

ただ、(1)「感覚」のほうが「より本当の自分」だと思うんですよ。

だって、「したい/したくない」とか「スキ/キライ」って気持ちって、(1)「感覚」のほうにあるものじゃないですか。

人は、そういう気持ちがあるからこそ、

「自分はどうしたいか」
「自分は何が心地良いのか」

ってことを判断できるわけですよね。

つまり、

「感覚というのは、自分の進む方向を教えてくれるもの」

なので、

「その自分の「感覚」がわからないと、やりたいことはわからない」

になってしまうんです。

でも「何がしたいかわからない」と相談に来る方の中に、「自分の感覚を捉えられない」って方は多いので、

私は、ワークショップで、みなさんが「感覚」を感じられるようにトレーニングしているんですね。

そのへんの詳しい話は、以下の記事でどうぞ。

「感覚」を感じることが大切な理由 ← 必読の記事です!

 

「自分の問題をやりたいことが満たしてくれる」と思っている人

個人セッションでは、「自分がやりたい仕事がわからないので、それを知りたい」というご相談を扱っていると、

いろいろな角度から質問させていただいても、どうにも進まないような、なんか違和感があることがあるんですね。

その違和感を、為末大さんがすごくそれをうまく言葉にされていたので、以下に、ご紹介したいと思います。

 

ぴったりくるもの

『人生の成功はどれだけ具体的なビジョンを描いたかによって決まる』

例えばスポーツであれば、本田選手やイチロー選手の子供時代の作文や、孫正義さんの人生50年計画など、早い時期にやるべきことを見つけそれに邁進することができる力は確かに大きい。

一方で、これが成功には必須であると信じすぎた人は、このぴったりくるビジョンを探すことに夢中になってしまい日常をおろそかにする。
計画表を作ることに夢中で行動がない。
行動がないから成長がない。
皮肉だけれどビジョン作りに潔癖性な人は、未来に悩んで、今をおろそかにしてしまう。

やりたいことがない、運命の相手がいない。
あんまりこれが長い時に、ふと自分を振り返ってみるとどうだろうか。
愛せる相手に出会うことも大事だけれど、愛せる自分がいるかどうかも大事。
今自分が抱えている問題を出会いだけで解決しようとしても、そんな出会いは本当はない。

与えるには自分が満たされていないといけない。
愛されるために愛する人は取引をしている。
愛を注ぐ相手を探しているのではなくて、自分を満たしてくれる相手を探している。
自分が探しているものは自分の中にあることに気づかないから、外ばっかり探しに行っていて、どこにもないと嘆く。

運命の仕事を探しているという若者の目の奥を覗き込んでみると、時に本当に探しているのは運命の仕事ではないのではないかと思う。
彼が求めているのは自分を満たす何か、自分を動かす何か。
出会ってないから夢中になれないのではなく、夢中になれないから出会いがみえない。
運命の出会いは確かにあるが、準備ができているものにだけ訪れる。

 

「運命の仕事を探しているという若者の目の奥を覗き込んでみると、時に本当に探しているのは運命の仕事ではないのではないかと思う。
彼が求めているのは自分を満たす何か、自分を動かす何か。」

↑これが私の違和感がある部分なんですよね。

「私を満たしてくれる仕事があるなら、やってもいい」みたいなスタンスなんですよ。

それをたとえて言うなら、

「かわいくて、やさしい人が、むこうから告白してきたら、付き合ってもいい。それ以外は、自分からは告白しません。なので、そうしてくれる相手(仕事)を探しています」

みたいな感じなんですよね。

「自分から夢中になる気」はなくて、「相手(仕事)に夢中にさぜてほしい」と願っているというか。

でもそれだと、為末さんの言葉を借りれば、

「出会ってないから夢中になれないのではなく、夢中になれないから出会いがみえない」

「今自分が抱えている問題を出会いだけで解決しようとしても、そんな出会いは本当はない」

ってことになるんでしょうね。

あ、そのへんのもう少し詳しい話は、以下の記事をどうぞ。

夢中になりたいのか、夢中にさせてほしいのか

 

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やりたいことが見つかりやすくなるマインド

それではここからは、「どうすればやりたいことが見つかるか」についてお話します。

まずは、

「やりたいことが見つかりやすくなるマインド」

についてどうぞ。

 

「やりたいことがない自分」を否定せずに受け入れる

私の個人セッションの経験の中で気づいたのは、

(1)「自分にもやりたいことがあるはずだ!」とムキになってやりたいことを探している人
(2)「今のやりたいことがない自分」も否定せず受け入れている人

がいたら、

(2)の人のほうが、やりたい仕事が見つかる確率が高いことがわかったんですよ。

なぜそうなるのかご説明しますと、まず「やりたい」とか「スキ」って気持ちって、

「今の自分」が感じることですよね。

なので、

「今の自分を尊重しないと、「やりたい」とか「スキ」なんてわからない」

わけですよ。

でも、「自分にもやりたいことがあるはずだ!」って、「今の自分」の話ではなくて、

「なりたい自分(やりたいことがある自分)」の話ですよね。

そうやって、「なりたい自分」を基準にして、、「やりたいことがあるはずだ!」って思いを強く持てば持つほど、

同時に、「今のやりたいことがない自分」を否定することになるわけで、「今の自分」が、どんどんないがしろになっていくんですよね。

そうすると、感じられるものも、感じられなくなっちゃうというか。

なので、今のあなたが、「やりたいことがない」なら、そのまま「やりたいことがない自分」でいいんじゃないかって。

むしろそうやって、「ない」いう状態も否定せずに受け入れていると、「なりたい自分」よりも、「今の自分」に意識が向いていきますから、

フとした時に、「やりたい」とか「スキ」が舞い降りてくると思うんですね。

そうやって焦らずに、体の力を抜いている時こそ、良い意味で、「隙(スキ)」ができて、

「スキになろう!」としたわけじゃないのに、スキになってしまう、
「やりたいことを見つけよう!」としたわけじゃないのに、やってしまっている、

そんな「あらがえないものに出会える」んじゃないかと思うんです。

そんなことを書いた記事は以下からどうぞ。

「ない」という状態を受け入れる

 

やりたいことは「意識的に」探すと見つかりづらくなる

「やりたいことを「意識的に」探すと見つかりづらくなる」

なんて聞いても、「どういうこと?」って思うわれると思うんですけど、

冷静に考えてみると

「やりたいこと探し」って、「やりたいことがない時にだけ」なされるもので、
やりたいことを見失った時に、「やりたいこと探し」が始まるわけですよね。

ということは、トリッキーな言い方になりますけど。

そもそも「やりたいこと探し」をしているうちは、やりたいことが見つからない

ってことなんですよ。

というのは、「やりたいこと探し」をしているうちは、自己認識が、

「自分 = やりたいことがない人間」

ってなってるってことですから、

無意識に「自分 = やりたいことがない人間」だと証明するようなことをしやすいってことでしょ?

それに「自分 = ◯◯」って行動を繰り返すと、その◯◯が強化されますからね。「あぁ、やっぱり私は自分が思った通りの、やりたいことがない人間だ」ってなる。

なのでこの話って、

「自信がない」という悩みは、意識的に「自信をつけようとする」と悩み続けるけど、「自信なんてあってもなくても、どうでもいいや」ってなると解決する

のと同じことで、もしあなたが「やりたいこと」を見つけたいなら、

「やりたいことを探す」なんてことを忘れてこだわらなくなった時、見つかりやすくなるんじゃない?

ってことなんですよね。

そのへんの詳しい話は、以下の記事でどうぞ。

探しているうちは、見つからない

いや、もちろんこの話は、「やりたいことを「見つけるぞ!」って意識的に探すと、絶対見つからない」ということではないですからね。

もちろん、やりたいことを意識的に探して見つかる人はいるし、

そういう人は、「やりたいことは意識的に探すからこそ見つかるんだ」って思ってると思うんですよ。

でも、「じゃあ、みんなが意識的に探すと、やりたいことは見つかるか?」っていうと、そうではないですよね。

むしろ、意識的に探しても見つからない人のほうが多いんじゃないでしょうか。

なので、やりたいことを意識的に探して見つかったという人は、そうしている時、「運があった」ってことなんだと思うんです。

 

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やりたいことが見つかりやすくなる行動

それでは「やりたいことが見つかりやすくなるマインド」に続いて、次に

「やりたいことが見つかりやすくなる行動」

についてもお話しますね。

 

「薄いやりたい気持ち」であっても大切にして、そのやりたい度に合わせた行動をする

私、「やりたいことを見つけたい」と相談に来た方に、

「お金に不自由しなかったら何をしますか?」

っていう質問をすることがあるんです。

で、この質問に対して、最終的に、

「○○の勉強したいですかね。 といっても、○○を仕事にしたいとまでは思ってないし、それほどやりたいと思っているわけでもないので・・・」

みたいな、「薄い気持ち」を言われる方って、けっこういらっしゃるんですね。

でも私、そういう答えをお聞きすると、

「いやいや、そういう薄い気持ちも大切にしましょうよ!」

って思うんです。

というのは、私自身が心理セラピストを目指した時って、

「最初から、やりたい度10みたいな感じでスタートして、ここまでなった」

と、自分では思っていたんですけど、

(「やりたい度」の意味がわからない方はコチラからどうぞ)

「やりたい気持ち」のわかり方

よくよく考えてみたら、そうではなくて、最初は、

「心理セラピストになるなんて、そんなことできるのかな。この年齢で、そんな夢みたいなこと言っていいのかな」

「こんなに有名なカウンセラーやセラピストの方が他にいるのに、今さらオレなんかがやる意味があるのかな」

とか思って、2ヶ月くらいはモジモジしてたんですよ。

今にして思えば、そのモジモジしていた当時の私って、「やりたい度3」くらいで、

「心理セラピスト一直線!」みたいな感じでは全然なかったと思うんですね。

でも、私のその「やりたい度」に変化が起きたのは、

ある心理学の講座を見学に行った時、内容があまりにもおもしろかったのと、そこに来ている参加者の方たちが、優秀でステキな方ばかりだったので、

「うわ!もっと学びたい!」って思って、そこで「心理セラピストになりたい」の「やりたい度」が一気に上がったんですね。

なので、私の場合、「心理セラピストになりたい」とは思ってましたけど、最初は、それこそ「薄い気持ち」だったわけで、

でも、その「薄い気持ち」も無視しないで、それに見合った行動(心理の講座を見学する)をしたら、自然に「やりたい度」があがって、今に至るって感じなんですよ。

でも、もし私が最初に、

「心理セラピストになるなんて、そんなことできるのかな。この年齢で、そんな夢みたいなこと言っていいのかな」

「こんなに有名なカウンセラーやセラピストの方が他にいるのに、今さらオレなんかがやる意味があるのかな」

みたいに思っている時、

「心理セラピストになりたいなんて、その程度の気持ちだから」
「他の人と比べたら、全然だから」

みたいに、「薄い気持ち」をジャッジしてしまって、心理学の講座を見学に行くっていう「行動」をしなかったら、私は、心理セラピストになっていなかったと思うんです。

で、そんなことを思っていたら、ある時、フと、

「あ、そうか、世の中のやりたいことが見つかっている人って、ごくごく当たり前のように、そういう薄い気持ちも大切にして、そのやりたい度に合わせた行動をするってことを、日々淡々とやっているんだな。

逆に当たり前過ぎて、自分でそうしていることさえ気づかないから、人に「これがやりたいことが見つかるコツだ!」とか、あえて言わないんだな」

って気づいたんですよ。

でも、ホントそう思いません?

「やりたいこと」って、「何かすると魔法にように見つかる」とかではなくて、

こういう、ごくごくふつうなことを「淡々と」続けることで、あるタイミングで「やりたいこと」に出会うんだと思うんです。

逆に、「やりたいことが見つかる方法」があるとしたら、これしかないと思うし、

「(これ以外の)やりたいことが魔法のように見つかる方法があるじゃないか」みたいに思って探しまくったりしちゃうことが、

よけい「やりたいこと」を見つからなくしてるんじゃないかって。

なので、私が思う、「やりたいことが見つかりやすくなる行動」って、

「薄いやりたい気持ちであっても大切にして、そのやりたい度に合わせた行動をする。そして、それを淡々と続ける」

ってことだと思うんです。

で、その時のコツって、「期待しすぎない」ってことではないでしょうか。

というのは、毎回毎回、「今度こそ、やりたいことが見つかるんじゃないか!」みたいに期待して行っていると、そうじゃなかった時に、落胆が大きくなりませんか?

映画を観る前に、友人から、「すごくイイ映画だよ!むっちゃ感動した!絶対観たほうがイイ!」とか言われて観ると、自分の期待度が上がりすぎてしまって、

悪くはないんだけど、ちょっとガッカリするように(笑)。

ましてや、自分で、「今度こそ、生涯でNO.1と思える映画が観れるんじゃないか!」とか毎回期待を上げて観に行っていたら、

「また違った。また違った」みたいになってしまって、ダメージが大きくなってくるんじゃないかって。

みなさんからの相談を受けていると、そのヘンのダメージにやられてしまっている方がたくさんいらっしゃるので、

「やりたいこと」を見つけるために、

「少しでも興味があることが出てきたら、その場所に行って実際に体験すること」

をする時には、「淡々とやる」ってことが大切だと思うんです。まるで毎日歯磨きするみたいに。

そのへんの話をもう少し詳しく意味を知りたい方は、以下の記事をどうぞ。

やりたいことが見つかるヒント  ← 必読の記事です!

 

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まとめ

それでは最後に「やりたいことを見つける」というテーマについてのまとめをどうぞ!

 

「やりたいこと」は、やりたくないことをしている時でさえも見つかる

私、冒頭でもお話したように、たくさんの「やりたいことが見つからない」という方とたくさんお会いしたこともあって、

「やりたいことを見つける」ということに関しては長い間アンテナを立ててきたんですけど、

実際に「やりたいことが見つかった」という方にお話をうかがうと、

  • なぜか小さいころから、◯◯をやりたいと思っていた
  • 留学した時、◯◯に興味をもった
  • どうしてもやりたいことを見つけたくて、たくさん転職しているうちに見つかった
  • ぜんぜん興味ない仕事だったけど、やってみたら楽しくなった
  • 友人に誘われて◯◯教室に行ったら楽しくてハマった
  • 適当に選んだ仕事だったけど、尊敬できる上司に出会って仕事がスキになった
  • たまたま家から近いから入った会社が、働いてみたら楽しかった
  • やりたいことがわからなかったけど、結婚して子育てしたら、これがやりたいことだったんだと思った

みたいに、ホント「やりたいこと」の見つかり方は、さまざまなんですよ。とても「こうすればやりたいことが見つかる!」なんて言えたもんじゃない。

あ、でもやりたいことが見つかった方たちのお話を聞いてると、注目すべきことは、

「入り口としては自分が興味ある道を進んだわけでもないのに、結果としてはやりたいことが見つかった」って方がけっこういる

ってことなんですよね。

⬇実は私自身も、まさにそんな感じで「やりたいこと」にたどり着いているんですよ。

1年4ヶ月の無職の後、最終的には貯金が尽きて、仕方なくやりたくもない「スクール運営スタッフ」の仕事に就く。

仕事の中で「販売」の勉強をしないといけなくなり、しょうがなく生まれて初めてビジネス書を読んだら、そのビジネス書がおもしろくて、それをキッカケにたくさんビジネス書を読むようになる。

ビジネス書を読む中で「速読」の話が出てきて興味を持ち、速読の講座に通って速読の練習をしている時にたくさんの心理学の本を読んだことで心理学に興味を持つ。

そのおかげで、今やっている心理セラピストという仕事を「やってみたいな」と思うに至る。

ね、まさに私も、入り口は自分が仕方なくした仕事がキッカケになって、やりたい仕事が見つかってるんでしょ?

渋々でも「進んだ」から今があるってことでしょうか。

ね、これで「やりたいことが見つかるかどうかは、運がほとんど」ってこともわかりますよね。

なので、ちょっとビックリな話ですけど、

「やりたいこと」は、やりたくないことをしている時でさえも見つかる

ってことなんですよ。

だからもし今あなたが「やりたいこと」をしていなくても、悲観的になることはないんですよね

そのへんの話をもう少し詳しく知りたい方は、以下の記事をどうぞ。

探しているうちは、見つからない  ← 必読の記事です!

 

「やりたいことを探す」より、「楽しく暮らす」を目指す

最後に、ここまでの内容を整理しますね。

 

「やりたいこと」は、運で見つかることがほとんどだから、
見つかる時は、見つかるし、見つからない時は、見つからないものですよ。

だから、もしあなたが「やりたいこと」をムキになって探そうとすると、

自己認識が、「自分 = やりたいことがない人間」ってなるのを強化するし、
やりたいことがない今の自分を否定しがちになるので、

もう少し力を抜いて、ちょっと興味があることが出てきたら、まるで毎日の歯磨きでもするように、淡々とやってみるとかどうでしょう。

 

ここまでをまとめると、こんな感じでしょうか。

あ、でももしかすると、この所ジョージさんの言葉をご紹介するのが、もっといいかな。

私、この所さんの言葉にすべてが込められてる気がするんですよ。

 

なりたいものになるんじゃなくて、なったものが自分なんだよ。
なりたいものを求めるんじゃなくて、そこで楽しく暮らせよってことだよ。
そしたら、やがて勝手に夢が出てくるから。

 

「やりたいことを探そう!」なんてことは忘れて、

「楽しく暮らそうとする」と、やりたいことは舞い降りてくるんじゃないかなって。

同じ行動をしてたとしても、「探している人」と、「楽しくしている人」では違うんだよな(ポツリ)

 

 

いやぁ、今回は、本当に長い記事になっちゃいましたね。

あ、おまけになりますが、「やりたいことを見つけたい」と相談に来つつ、

「実はやりたいことなんて探していなかった」なんて方もけっこうな割合でいらっしゃるので、そんな方は以下の記事もどうぞ!

【保存版】「何がしたいかわからない」という言葉のウラにある、あなたの本当の悩み
「何がしたいかわからない」という人は、「やりたいことが見つからないこと」に悩んでいるわけではない。「何がしたいかわからない」という言葉のウラにある、あなたの本当の悩みを8つのパターンに分けて解説します。

 

それでは今回はココまでにします。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!

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