強く決意してもできない

何がしたいかわからない

何かを始める時、

強く決意するあなたも
強く決意しないあなたも

こんにちは。

ピンクのリボンを付けた白い子犬に吠えられ杉田です。

1週間お疲れさまでした!

 

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最近、人とお会いすると、私が心理セラピストになった経緯とか、よく聞かれるようになったんですよ。

で、私が、

「最初からすぐにお客さんがたくさん来てくださったわけではなくて、会社員をやりながらセラピストをしていた時期もあったんですよ」

なんてお答えすると、

「じゃあどうして杉田さんは、そんな時でもあきらめなかったのですか?」とか、
「どうやってモチベーションを保ったのですか?」とか、

そんなこと聞かれるんですよ。

でもそういうご質問、なんてお答えしていいか正直わからないんです。

というのは、私、

「絶対セラピストとして成功してやる!」と、自分を奮い立たせたとか、強い意志を持ってこの仕事に臨んだとか、

全然そういうことなかったんですよ。

ただ普通にしてたら、なっちゃった。なので説明しようがないんです。

たとえて言うなら、毎日、体温を測って、1週間毎日36度代だったとしましょう。

「ど、どうして杉田さん、36度代でいられるのですか!?」

と聞かれても、「い、いや、なっちゃったからです」としか答えようがないですよね。(笑)

そんな感じなんだよなぁ。

 

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で、みなさんからいただいた質問に考えながら思ったんですけど、

「その当時やっていたこと」を、「それが達成できた時」に説明すると、実際とは異なる説明をしちゃうことってあるんじゃないかって思うんですよ。

たとえば、「どうして杉田さんは、あきらめなかったのですか?」とか、「どうやってモチベーションを保ったのですか?」とか聞かれた時、私は、

「強く決意することが大切です」
「スキであり続けたからです」
「絶対あきらめないことが大切です」

なんて答えることもできるんですよね。

どれも、もっともらしい答えに聞こえるじゃないですか。(笑)

人の目からは見ればそう見えるから、たぶん納得していただける答えになっちゃうと思うんですね。

でもそれって全然真実をあらわしていないと思うんですよ。

私の場合、

「強く決意することが大切です」→ 全然してません。

「スキであり続けたからです」→ 「スキ」は意識してなるものではありません。

「絶対あきらめないことが大切です」
→ たとえ、私があきらめたとしても、ホームページ上の私はいつもいるわけで、ホームページがある限りは、みなさんからあきらめたようには見えないはず。

ですからね。(笑)

ということで、今回お伝えしたいことなんですけど、何かをはじめようとする時、「強く決意する」って、本当に必要なのかってことなんです。

たとえば、

「明日からジョギングしよう!」とか、
「今度から人にやさしくしよう!」とか、
「明日から資格試験の勉強をしよう!」とか、

そうやって「よし!」と気合を入れて「強く決意した」からといって、それができるようになる助けになるとは思えないんですよ。(笑)

つまり、「強く決意した時」と「強い決意しない時」とで全然結果が変わらないような気がする。(笑)

いや、むしろ「強い決意」って、マイナスなんじゃないかとさえ思っているんですよ。

だって、本人が「強く決意しないと、できそうもない」と思うから、「意識的に」強く決意しようとしているわけですよね。

これって、「これからやろうとしていることは、自分にとって難しい」っていう暗示になると思うんですよ。

あなたも振り返ってみてどうでしょう。自分で、「よし!明日からダイエットするぞ!」とか、「強く決意した時」って、本当にできましたか?(笑)

まずできないですよね。(笑)

私、「強く決意する」って、「その時点で意識的にはできない」と思うんですよ。

結局、「強く決意した」ことがわかるのは、「それが達成できた時」で、「結果的なもの」なんじゃないかって思うんですよね。

だから、その場で「よし!」って、「強く決意」したところでねぇ。(笑)

何をはじめる時は、そんなにムキにならず、やるほうに軸足を置きつつも、

「やってもやらなくてもいい」

と、サラッと始めたほうがいいと思うんだけどなぁ。

さーて、明日からビール飲むのやめるか!

よし!ガンバルぞー!

気合だー!気合だー!

・・・・・

アッ!(笑)

 

それでは今回はココまでにします。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!

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