自分に元々ないものは、自分にそれがないことがわからない

ココロのコラム(雑記)

最近、自分に思い込みに気づいくことが

あったあなたも
なかったあなたも

こんにちは。

マイナンバーカードの10年更新で窓口の人から「ぜんぜん変わってないですね」と驚かれたけど、「いや、それは髪がないから・・」と思い杉田です。

1週間お疲れさまでした!

 

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えーと、私、最近、当たり前のことなのに、なぜが気づいていないことがあったんですけど、

よく、「結婚すると、付き合いが悪くなる」とか言うじゃないですか。

私も独身時代が長かったので、結婚した友人と会う頻度が少なくなったなとか思うことがあったんですけど、

そういう時、私は、

「友人は、家族サービスしないといけないから、会えなくなったんだ」

って思ってたんですよね。

要は、結婚した友人は、

「遊びに行くと家族から不満が出るから、たとえ行きたくても、行けなくなっている」

みたいに解釈してたんですよ。

で、私がなぜそう思っていたのかというと、思いつく理由があって、

私の父がそんな感じだったんですよ。

父は昭和のモーレツサラリーマンでしたから、休みの日くらい、のんびりしたかったと思うんですね。

だから家族と過ごす時間は、「楽しんでいる」というより、「家族サービスしないと」みたい感じで義務的にやってた印象があるんです。

そういえば、私が父と出かける時は、今の時代のように、「遊ぶ時は子供中心」って感じではなくて、

「父のゴルフの打ちっぱなしを、後ろから見ている」みたいなことが多かったんですよね(笑)

そもそも「家族サービス」って言葉が、義務的な香りがプンプンするじゃないですか(笑)

なので、私、

  • お父さんというのは、外出したくても、義務的に家族と過ごすものだ
  • お父さんは、本当は家族と過ごすよりも、外に遊びに行きたいものだ

とか、心のどこかで思ってた気がするんです。

でも最近、私が外出する機会があって、その直前に、

「んー、なんか今日行きたくないな・・」

って思ったんですね。

あ、私、「約束したのに、直前に行きたくなくなる人」がいることは知ってるんですけど、

私、ふだんそういうタイプじゃないですよ。頻繁に外出するわけじゃないけど、友人と約束がある時は嬉しいし、そもそも行きたくないような約束しないですから。

でもその時は、なぜか「んー、なんか今日行きたくないな。家でふつうに妻と夕飯食べるほうがいいな」って思ったんですけど、その時、

「そうか! 今の自分と同じように、たまの外出だとしても、外出するより家族と過ごすほうが楽しい人っているんだ!
『家族サービスしないといけないから、会えなくなる』じゃないんだ!」

って急に気づいたんです(笑)

あ、でもこの話、

「杉田さん、なに言ってんの? 外出するより、家でふつうに過ごすほうがいい人なんて、いるに決まっているじゃん!」

って思われると思うんですけど、私も、もちろんアタマでは、そういう人がいることはわかってるんですよ。

そんな過去記事もこのブログに書いてますし(笑)。

でもどこかつながらなかったというか、私、気まずい家庭の中で育ちましたから、

「たまの外出だとしても、外出するより、家族と過ごすほうが楽しい人」の存在がどこか見えなくなってたんでしょうね。

あ、私、なんかヘンなこと言ってますけど、このニュアンスわかりますか?(笑)

なので、私、「そうか! たまの外出だとしても、外出するより家族と過ごすほうが楽しい人がいるんだ!」って気づいたのと同時に、

「あ、ということは、オレ、日常が楽しくなってるってことか!」って思ったんですよ。

コレどういう意味かというと、私、妻にプロポーズをした時、

「日常を特別に」

という言葉を贈ったんですよね。

「旅行とか、高価な買い物とか、なにか特別なことがあるから楽しいのではなく、日常が楽しいことが一番大切」っていう意味を込めたんですけど、

プロポーズした当時は自覚してなかったけど、今にして思うと、そんな言葉を選んだのは、

気まずい家庭に育ったから、「日常の大切さ」が身にしみてわかっていたからなんでしょうね(笑)

 

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あ、で、今回のこういう話って、

「自分に元々ないものは、その存在がわからない」

「自分に元々ないものは、自分にそれがないことがわからない」

って話につながってくるんですけど、

私、個人セッションをしていると、

「自分が何に悩んでいるがわからないけど、なんかツラい」

みたいなご相談を受けることってあるんでですよね。

で、そういう方のお話をよくよく聴かせていただくと、その方が、

「安心感がない」という悩みを抱えていることがあるんです。

これ、どういうことかというと、幼少期の親子関係の中で、安心感が感じられなかったという方は、

そもそも「安心感がある」という状態を知らない

んですよね。

そうなると、

「なんかツラい」ってことはわかるけど、自分が何に悩んでいるのか言葉にできない

んですよ。

そういうのが、「自分に元々ないものは、自分にそれがないことがわからない」ってことの意味です。

それと似たような例として、子供のころ、ハグとか、親との身体的接触がそんなになかった方が、

「自分が何に悩んでいるがわからないけど、なんかツラい」みたいになることがあるんですね。

その件に関してですけど、私、テレビ観てたら、医師で解剖学者の養老孟司さんが、

「動物って、くっつきたいんですよ。
イヌとかネコも、よくくっついているでしょ?
人間も人の肌に触れたいんですよ」

みたいなことを言っていて、身体的接触って、動物として本能的なもので、それがないって人間にとってもツラいことみたいなんですよ。

「愛情があれば、ハグとかなくてもいい」とかってものでもないみたい。

でも元々、親がハグのような愛情表現をしない人だったり、
(親が淡白な性格、親自身もハグされて育っていない)

忙しくて子供にハグとかしている余裕がなかったり、
(子供がくっついてきた時、親に余裕がなくて拒絶しちゃうなど)

なんてことがあると、親に愛情があったとしても、なんか子供は、その部分が満たされないから、

「なんかツラい。でもなにがツラいのかわからない」

みたいになってしまうことがあるんですよね。

 

さ、ということで、いろいろ話は飛んでしまいましたが、今回は、

私が、

「たまの外出だとしても、外出するより、家族と過ごすほうが楽しい人がいる」

ってことを実感した話と、

「自分に元々ないものは、自分にそれがないことがわからない」ってことがありますよ

てな話でしたとさ。

 

それでは今回はココまでにします。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また次回お会いしましょう!

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